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脳を耕せ!農ビジセミナー「メール講座」第42号

2020.07.15 ブログ

認められたい

 

脳を耕せ!農ビジセミナー「メール講座」
いつもご覧いただきありがとうございます。

農業界を明るく照らす
農業パーソナルトレーナーの山下弘幸(やましたひろゆき)です。

 

2020.5.28

さて、今回は 「認められたい!」についてお話したいと思います。

今回は 親とうまくいっていない若手農業者、後継者の息子とうまくいっていない
農業経営者の方にお勧めいたします!

【目次】
・はじめに
・話が止まらない・・・
・褒められたかった
・農家はつらいよ
・承認欲求
・父をこえよう
・ついに父から・・・

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【はじめに】

前回は「親の呪縛」についてお話させていただきましたが、今回は「親との確執」について
書かせていただきます。

先日27日、私の父の80歳を祝う「傘寿」の会をしました。

本来は、高級なお店を予約して盛大に行う予定だったのですが、新型コロナの影響で
自宅で粛々と行うことに。子供と孫とひ孫と集まりにぎやかで楽しいひと時を過ごすことが
できました。

お祝いの品をどうしようかと姉弟であれこれ迷いましたが、モノではなく父が一番喜ぶ
のは孫たちが勢ぞろいすることだ!ってことで県外にいる子供たちには2か月も前から帰省するよう
に飛行機のチケットを取って仕事学校を休めるように調整させ、サプライズで
喜ばせようって企画していました。しかし、新型コロナの影響ですべてキャンセル。

このご時世仕方がないのでオンライン帰省ってことでモニター越しのTV電話で孫たちの顔を
見せることにしました。戦前生まれの父にはことのほかこれが好評で長生きするんもんだって
感激してくれました。

ほかにも父が喜ぶことをやろうってことで、妻に相談したところ
お父さんは「話し好き」だからいっぱい話しを聞いてやろうよってことで、
父がこれまでの人生を振り返り思う存分話ができるように
昔の写真をスライドショーで流す「80年の軌跡」って動画を作って上映することにしましした。

私の父は自分のこれまでの功績について話すのが何より好きな人なんです。
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【話が止まらない・・・】

父が生まれたばかりのセピア色の写真。まだ3歳だったころの写真昭和20年、戦後間もないころの
写真。戦争に行っていた祖父が戦地で知り合った友人が写真家だったらしく
実家に遊びに来てくれて撮った1枚。かなりレアな写真です。
幼少のころの父の姿と75年も前の我が家風景がそこには残されていました。

その後、若いころに青年団で活躍していた時の写真、母と出会ったころの写真、
夫婦で旅行に行った時の写真と次々にスライドショーに写し出される懐かしい写真を見ながら
子供たちである私たちや孫たちに向かって

この時はナ~俺はこうやって○○でな、当時はすごかったんだぞー
イヤーあの時が懐かしい、いい時代だったなーって
お、こんな写真残っていたんだ~
あーそういえばこの時こんなことがあったな~

次々に映し出される古い写真をモニター越しに眺めながら
父の顔はほころび、最近止めていたお酒もすすみ、饒舌になっていった。

宴の間中、父の思い出話は終わりませんでした。

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【褒められたかった】

昔は、父の自慢話を聞くのが嫌でした。
なぜならば、
説教臭くて、話が長くて、つまるところはお前はまだ頑張りが足らん。
って話になるからです。

私は幼少のころから親に褒めれたことなんて一度もありませんでした。
だから、いつも満たされない思いで父のことを敵視していました。

親のいっているこは古い!今からそんなんじゃだめだ!
そういう自分の考えと、これまでの実績がすべてと考える父。
前回のメルマガでも書きましたが
父の「古いものさし」vs私の「新しい定規」の戦いです。

今思えば、なぜ?あの頃、あんなに親に反発して敵対して歯向かっていたのか、
不思議に思えます。

おそらく、
自分の価値観が違う人の話は聞かない。お互い『我』が強かったんですね(笑)

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【農家はつらいよ】

しかし、この話は「我が家」だけではなかったんですね。
農業コンサルという仕事をしていると
経営の問題、生産の問題、販売の問題、雇用の問題と様々な課題を抱えた農業者と接します。
しかし、話をよくよく聞いてていくと、

一番大きな課題は「親との確執」だということにたどり着きます。

結果、私のところに相談に来る農業者は経営改善の相談に来るのですが、いつも
親、地域、家族との不和に関するカウンセリングになってしまいます。

このことを裏付けるかのように、最近、私の友人が本を出版しました。
タイトルは「農家はつらいよ」同文館出版から出されている本なんですが、
まあ、この内容がすごい。

何がすごいって、親子、身内、親族、地域との壮絶なバトルが赤裸々に描かれているんです。
そして、この著者自身もうつになり、何度も自殺しようとしています。

そして親を殺そうって頭によぎったこともあるそうです。

では?
何が?彼をそこまで追い詰めたのか・・・

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【承認欲求】

人は誰もが人に認められたいって思っています。
これを承認欲求と言うそうです。

子供のころうちの子はダメなのよ~って育てられた子供は
やがて大人になっても自分の主張ができなかったり自分の意志でいろいろなことを
決めきれなかったりするそうです。

子供のころから否定され続けるとそれが癖になっちゃって
自分の気持ちを押し殺して生きるようになるそうなんです。

そういう子供が大人になって突然自分を出そうとしてキレたり、暴力的になったり
犯罪を犯したりってことの引き金になるそうなんです。

すべてがそうではありませんが、
そのくらい人が持つ承認欲求ってものは大事なんです。

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【父を超えよう】

私はある意味、これまで父に認められるために頑張ってきたのかもしれません。
しかし、父に認めれるにはそれなりの成果が必要です。

そこで、私は親に認めれれるためにある行動をとります。
それは親が「できなかったこと」に挑戦するという手法です。

つまり同じフィールドではキャリアも実績も上の父にはかなわない。
仮にそこを上回ったからと言って父がそれを素直に認めるはずがない。

であれば全く違うことで成果を上げるしかない。
そう考えたのです。

そう決めてからは常に新しことに挑戦し続けました。
就農後、農業をしながらいくつものバイトを掛け持った。バイト先では必ずすぐに
活躍した。しかし、そんなでは父は認めてくれません。それどころかもっと農業に集中しろ!と。
そこで、次に農業で活躍しようと思いました。
そのためにはこれまで父が実績のあるスイカ栽培ではなくて違う作物だ!って。

思い切ってナスの周年栽培に挑戦しました。しかし、結果は惨敗でした。逆に経営を悪化させて
しまったのです。農協を離脱して自分で販売もやりました。
しかし、私の赤字経営は続きました。

世の中は結果がすべて。
父からは「ほら見たことか」「お前がどんなに頑張ってもしょせんそんなもんだろ」って
ずーっと否定され続けました。

それでも挑戦は続いた。とにかく、このままでは何も変わらない。自分を奮い立たせ
次は、ほうれん草の契約栽培に切り替えました。

もちろん父は猛反対でした。
実を成らせるスイカで成功した父は果菜類が一番高く売れる。だから同じ果菜類であるナスへの
切り替えはしぶしぶ賛同してくれていました。
しかし、葉物野菜それも軟弱野菜への切り替えは父の「古いものさし」には
全く当てはまらなかったのです。

それでも私は決行しました。毎日親からの嫌味を浴びながら・・・・

「そんなことやってるとお前の代で山下家をつぶすぞことになるぞ!」って

父は父で自分の「ものさし」が正しいって思ているから暴走するバカ息子を止めるのに
必死だったようです。

あの手この手で私があきらめるための心理的な「言葉の暴力」を仕掛けてきます。

それでも踏ん張るしかない。
私は必死に自分に言い聞かせます。
“このままでは一生「父のものさし」でしか測れない籠の中の鳥で終わってしまう”

当時を振り変えってみても、決して私に勝算があったわけではありません。
周りで契約栽培なんてやっている農家はいないし、まして果菜類で儲かっている農家ばかりの
ところで軟弱野菜をやっている農家なんてゼロでした。

先のことはわからない。

ただ、「今のままでは嫌だ」という思いが強かったのだけははっきりしていた。

父に認めれたい!

そのためにはどうしても結果を出さなくては・・・・

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【ついに父から・・・】

結果、ほうれん草の契約栽培は見事に成功しました。
何がよかったのかうまく言えませんが、時流に乗ったのだと思っています。
私の最初の成功体験です。

あの時の自分は神がかったように仕事していたことは覚えています。
朝4時起き夜中26時までいつ寝ていたのかわからない。とにかく必死だったのです。
だからその3年間子供と遊んだ記憶は全くありません。
どうやら、がむしゃらだったので記憶が飛んでいるようです。

人は人生のうちで一度は必死になるらしいです。私はおそらくあの時が一番必死だったと思います。
まだ人生の半分しか生きていないつもりなので、もしかしたらもっと必死になる時期が
来るのかもしれませんが、少なくとも「あの時は誰にも負けないくらい働いた」そう思っています。

そしてついに父が私にこう言ってくれました。

「お前、最近頑張っているな」

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【後述】

最後までご覧いただきありがとうございました。

その後、いったん離農したものの農業ベンチャー企業に就職し「企業的農業」を身に着けました。
それは父がこれまでやってきた農業とは全く異なる農業スタイルだったので、私がやることに対して

父は全く口をはさめなくなっていきました。

私は父にやっと追いついた気がしていました。農業を始めて20年目のころです。

そして30年目を過ぎた今、こうして父のこれまでの功績を認め
お祝いをしてやることができています。

今では黙って父の話を聞くようになりました。
逆に、父の功績をもっと聞かせてほしいって思っています。

傘寿の祝いの席が終わる時、

父は小さな声で私にこう言ってくれました。

「弘幸、ありがとな」

ついに

父に認めてもらった・・・

その時の父の姿は、
パワフルで力強く私たちを押さえてつけていたころの面影はなく
小さく、とても弱弱しかった。

あっ、

この時めちゃくちゃ大事なことに気づかされた。

私は「自分が認めてもらうこと」に必死で

私は「父」のこと、全く認めていなかったんだ。

初めて気が付かされた。

ごめん。俺のことばかり考えていて・・・・

これからは親父がこれまで頑張ってきた話もっと
聞かせてくれよ。

そのためにはもっと長生きしてくれよ。

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