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ブログ 2026.08.12
家事育児しない世代のツケ ― 57歳で気づいた”今はじめること”
こんにちは。脳を耕す農業講演家の山下弘幸です。
先日、新しい洗濯機を買った。
全自動、ボタンひとつで洗濯完了という便利なやつだ。
「よし、今日は俺が回すよ」
そう言ってボタンを押した。ピーピーピッ、洗濯完了の音。
ドラム式の扉をガチャッと開けたら――中身が空っぽだった。
洗濯物を入れ忘れたまま、洗濯機だけを動かしていたのだ。
隣で見ていた妻がひと言。
「あんた、農業コンサルみたいなこと言ってるけど、何もできないよね」
返す言葉がなかった。
男子厨房に立たず、で育った
昭和44年生まれ、今年で57歳になる。
じいちゃん子、ばあちゃん子として育った家では、こう言われていた。
「男子厨房に立たず」
家の中で男が喋っていいのは3つだけ。「飯」「風呂」「寝る」。台所に立つことは許されなかった。
今でいうと、家事や育児を「誰がやるか」を話し合う文化そのものが、まだなかった時代だったのかもしれない。
だから僕は家事ができない。選択(洗濯)もろくにできない。茶碗を洗うくらいが精一杯だった。
そしてその分、仕事に逃げていた。「忙しいから」を理由に、育児のほとんどを妻に任せてきた。
病院で突きつけられたこと
ある時、子どもを病院に連れて行った。妻の都合がつかず、僕が付き添った。
診察の途中、先生にこう聞かれた。
「お子さん、2歳、3歳の頃はどんな感じでしたか?」
僕は答えられなかった。
本当に、何も覚えていなかった。
その場でわかったのは、「仕事で得られるもの」と「あの瞬間にしか得られないもの」は、まったく別物だということだった。
お金は残った。けれど、思い出は残っていなかった。
全部を大事にしようとすると、全部を失う
仕事、家族、友人、自分の時間、健康。
大事なことは、多すぎる。
全部を同時に、完璧に手に入れようとすると、結局どれも中途半端になる。
そこで見えてきたのが、こういう考え方だった。
「今この瞬間はこれに、次の瞬間は別のこれに」
仕事か家庭か、ではなく、今どっちの時間か、を決めて切り替える。
子どもたちが中高生になった頃から、僕は夕食の時間だけは仕事を完全に手放すようにした。
たった1時間。でもその1時間は、全集中。食卓を盛り上げることだけ考える。
今もその習慣は続いている。今は妻と2人の食卓だけれど、変わらず賑やかにしている。
(この段落のイメージ図: 「仕事」「家族」「自分の時間」「健康」「友人」の5つの円が、同時に重なろうとすると小さくしぼんでしまうが、時間ごとに1つずつ大きくする図解があると伝わりやすいかもしれません)
自分軸で決めて、あとは引き受けるしかない
正直に言うと、どれだけ頑張っても、妻や子どもが望む「合格点」には届かない。
「あんたポンコツで、結局何もしなかったよね」
これは、多分これからも言われる。
それでも、全部を手に入れることはできない、というのが57歳になって見えてきたことだ。
僕は子どもとの思い出を、多少犠牲にしてしまった。その代わりに得たものもある。
何を優先するかに、正解はない。お金より家族との時間を選ぶ家庭もあれば、その逆もある。
大事なのは、誰かの基準ではなく、自分がどこに軸を置くかを、自分で決めて引き受けることなんだと思う。
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もし同じように、仕事と家族のバランスに迷っている農業経営者の方がいたら、農テラスの無料相談でも一緒に考えます。この話は動画でも詳しく話しているので、よければYouTubeもあわせてご覧ください。