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脳を耕せ!農ビジセミナー「メール講座」第10号

2020.07.14 ブログ

「頑固な親をあっという間に克服できる魔法の言葉」

 

脳を耕せ!農ビジセミナー「メール講座」
いつもご覧いただきありがとうございます。
農業パーソナルトレーナーの山下弘幸(やましたひろゆき)です。

 

2019.10.18

若手農業後継者の悩みを聞くと
雇用の問題、資金の問題、農地の問題、栽培技術の問題など様々ですが、

その中でも一番根が深いのが

「親の問題」です。

親と話が合わない、親が分かってくれない、親が任せてくれないなどなど
親との確執はどこのご家庭にもあるようです。

私は、若手農業者から「親の問題」について相談されると

親を克服したいって若手農家の気持ちがわかる反面、親が許してくれないからって
農業がうまく出来ない理由を親のせいにして、親に甘えているんじゃないの?
って思ったりもします。

なぜなら、自分がそうだったからです。

今回は
これまで誰にも話したことがなかった「私が親を克服した話」です。

今回の内容は本文を読まれて気分を害する方もいらっしゃるかもしれませんが、
悩んでいる誰かの背中を押してあげることができればとの思いで書かせていただきます。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
私は就農して7年目の27歳の時に親と正面からぶつかりました。
正確に言えば就農して2,3回家から逃げ出しましたので再々就農して3年目のころの話になります。

どうしてぶつかったかというと
父に我が家の経営を譲ってくれと直談判したからです。

私の地域では65歳になると後継者に家業を譲るという
暗黙の了解があって、その掟を周りの農家は守るのが普通でした。

しかし、27歳の時に私自分が親方となって家業(農業経営)采配を振るいたいって
決心して父に直談判したんです。

父にしてみれば青天の霹靂。
まさか自分の息子が「経営権を譲れっ」て言ってくるなんて思っていなかったはずです

それもそのはず。当時の父はまだ55歳。父も祖父から経営を引き継いだのが
37歳のころだったのでまだ経営権を貰って18年しかたっていなかったのです。

残り10年自分が思う存分経営をやって満を持して息子に経営を譲る
父にしてみればそういう算段だったはず・・・・

それを私がフライングで「経営を譲れっ」て言ったもんだから
父も当然ブチ切れます!

「何言ってんだ―?お前に経営なんて100年早いわー!」
「寝言みたいなこと言ってんじゃねーぞ!」

当時、働き盛りで我が家の経営は絶好調だったころです。
元々、口が悪く、中卒で実家の後を継いだ私の父はあまり世間を知りません。

田舎で生まれ、田舎で育ち、田舎の価値観しかない、いわゆる田舎のおやじで、
地方に多い「お山の大将」の典型的タイプだったのです。

父は、全てが自分中心で、母や、祖父、祖母の意見なんて聞こうともせず、
自分がすべて正しいって本気で思っている方でした。

人の意見を聞こうなんて「これっぽっち」もない頑固で圧の強い父に
私は子供のころから一斉逆らえませんでした。
(今風に言えばパワハラタイプ)

少しでも反抗しようものなら

「誰のおかげで飯が食えてるって思ってんだ!」
「文句あるなら、服も、かばんも何もかもおいて今すぐ出ていけ!」

そう怒鳴り散らし、挙句の果てには
母に八つ当たりして家の中で暴れまくります。

毎日が最悪でした・・・

こういう出来事が子供のころから頻繁にあって

このトラウマで
静かに、荒波を立てないように、父の機嫌を取りながら
ひっそりと暮らす。

これが、私が選択した「賢く生きる方法」でした。

私は子供のころから気が狂いそうでした。

籠の中に閉じ込められた鳥のように。もがいても誰も助けてはくれない
地獄の日々を過ごしてきたからです。

当時中学、高校のころ、私は家を出ることを企てていました。
勉強して大学へ進み父がいない世界へ逃げるのが夢でした。

しかし、進路を決めるシーズンになると決まって3者面談の時には
学校に父がやってきます。

そして学校の先生に向かって怒鳴り散らします。

「うちの息子は絶対に進学させん!うちの息子が進学して
俺の後を継がないようなことにでもなったら絶対に許さんからな」!って

学校の先生も父の圧に押され、何も言えず、
そして私も反抗できぬまま
惰性で家業の後を継ました。そうすることが我が家が円満になるって

そう判断したからです。

残念ながら
当時の私は反骨心はあっても反発する勇気はもっていませんでした。

そして
何度も父を殺す夢を見ました。

バッっと目が覚めて、取り返しのつかないことをしたって思い、夢だったって
ホッとするも、がっかりしてまた現実に戻される。

そんな日々が続きました。
この父親さえいなければ
この親の元に生まれさえしなければ・・・
何度も自分の運命を恨みました。
何度も自分の人生を嘆きました。

そしてどうすればこの負のループから抜け出せるのか毎日必死に考えました。

私の感情に追い打ちをかけるのは父の「世間から評判」でした。

「お父さんは立派な人ですね。人望もあって、あんなに素晴らしい人はいませんよ」。

これが、地域の人々からの父への評価です。

そうなんです。私の父は外面は最高によくて地元では1.2の人物と評されていたのです。

今でこそわかります。
外面がよくて内面が悪い人が世間にはたくさんいることを・・・
外面が良い人に限って内面が最悪な人が多いってことも・・・・

しかし、当時はわかりませんでした。

結局のところ、このことを周りに相談しても
誰も信じてくれなかったんです。

それどころか、お前がまだ若いからだ・・・って
私の方が諭されることになったり・・・・

社会人になってから何度も家を出ました。しかし、そうなると
母が一人でその仕打ちを受けることになります。

母からのSOSが私に届く・・・・
それで、仕方なく家に帰る。

そうすると家の中は落ち着きます。

父がイメージしている通りに家族や私がふるまえば
父は荒れることもなく我が家は平和でした・・・

だから、自分を殺して
じっと、父の操り人形になってさえいれば

我が家は平穏無事だったのです。

しかし、27歳の時に決断します。親から権限を奪うことに。

私が家を出ると家は荒れる・・・

このまま我慢して父の操り人形のまま自分を押し殺していると
今度は自分が壊れる・・・・

そう思ったからです。

結局のところ父とは半年いがみ合い、殴り合いが続きました

毎日戦って最後のは父が折れて経営権を得たわけなんですが、
その後も父との確執はずっとつづきました。

和解したのは3年前です。

つまり、
私が27歳から47歳まで かれこれ20年間も不仲でいがみ合っていたんです。

今思えば、なんであんなに父を憎んでいたんだろ?って
不思議に思います。

今思えば、父は父なりに私のことを考えてくれていたのだと思います。

だけど、父は昔の人ですから息子と男同志、面と向かって話をするなんてことは
一斉しませんでした。

だまって、俺の言うことを聞けって感じでしたから

今になって父のことがわかるようになってきました。

私の子供も当時の私と同じくらいの年になってきたので。

おそらく私の子供も父親である私の事を受け入れていなんだなーってことが。
でも、親からすれば子供子供です。子供のことを考えないわけがない。

ただ、その気持ちが伝わっていないいんだろうなーって気が付いています。
今になってわかります。

親もなんで俺の気持ちが分かんないんだってもやもやしていたんだってことが。

おそらく、私の父も気が付いていたんだろうなー

息子が自分に反発しているってこと。そしておそらくもやもやしていたんだろうなーって

親は子供の30年遅れって言われます。
そりゃそうでうしょう。

新しい時代を生きてきた子供からすれば親がやってることはすべて
時代遅れに感じます。

しかし、親からしてみれば子供がやっていることなんて
青臭くて見てられません。

この親子の価値の違いは一生交わることはないんです。

うちの父も未だに自分が正しいって言い張っています(笑)

ですから、親との関係で悩んでいる若手農家さんがいたら
こう言いたいんです。

「今すぐ経営を奪え」って

いずれ父が丸くなって息子(娘)に期待して経営を安心して
任せるときがくる?なんて思ったら大間違いです。

そんな日は一生来ません。

親は死んでもあなたのことを見張っています(笑)

ですから、
どうせ、親は認めてくれたり、任せてくれたりしないんだから、
一日でも早く主導権を奪うんです。

そして1日も早く「自己責任」で農業を始めるんです。

親の顔色伺って農業やってるようじゃ

いつまでたっても正しい決断判断実行ができません。

自分が親方(社長)にならないと本気農業はできません。

最後に
親を克服するテクニックを伝授します。
これは少し訓練が要りますが、実践するとかなり効果があります。

何をやるのかというと、
親の意見を聞くとき、親と会話をするときは

「そうだよね、わかるよ」って必ず答えてください。
あなたが言っている意見(話)はわかるって必ず同調するのです。

そうすると親は「自分の息子(娘)もようやく俺の話を聞くようになったって
勝手に思います。

つまり、この魔法のセリフを言うことで、
親は子供が「成長した」って思うんです。

でも、安心してください。
「そうだよね、わかるよ」って同調しただけで

「親の意見を受け入れろ」ってことではないのです。

これまでのように親の意見に対して

「いや違う」とか「でも、それじゃー」とか、「そんなことやったって意味ない」とか
親の意見とぶつかっていると

いつまでもたっても親は「うちの息子(娘)は俺の言ってることがわかんないって
まだまだ子供だな」って思われてしまいます。

ここはあなたが一芝居打つのです。

大人になったって思わせるフレーズで

「へーそうなんだ、うんうん、わかるよ」

そうやって、あなたが経営の主導権を握るのです。

30年遅れの親に任せていては

新しい時代の農業に乗り遅れてしまいますよ(^^♪

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