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ブログ 2023.08.10
山下弘幸ヒストリー①
今回は毎週木曜に配信していますメルマガの内容を公開したいと思います。
今回のテーマは「山下弘幸ヒストリー① 」です。
なんと、がっつり私自身の生い立ちについて語ります(笑)
皆さんも自分の生い立ちを思いだしながら読み進めてください。
出来れば自分の感情をメモしながら読んでください。
すると、自分でも忘れた感情に気が付くことができます。
忘れていた感情に触れると心が浄化されたすがすがしい気持ちになれるはずです。
さあ、それでは山下弘幸ヒストリーが始まります。
1969年2月26日生まれ。同級生に福山雅治君がいる。
私は彼のことを知っているが、彼は私のことを知らない(笑)
この年、アポロ11号が人類初の月面着陸に成功した。今から54年前の出来事だ。
私は朝方生まれたらしい。2,300g程の小さな「虚弱体質」の子供だった。
だけど、生まれた時から山下家の「後継者」「跡継ぎ」と決まっていた。
両親、祖父母ともに私の誕生はことのほか「喜んでくれた」らしい。
私には3つ上と1つ上の姉がいる。子供のころは姉に「いじめ」られていた。
理由は私だけが可愛がられるからだ。だから私は姉の言うことには「すべて」従った。
私は「ばあちゃん子」だった。「親は農作業」で忙しく家にはほとんどいなかった。
ばあちゃんはお母さんをいじめていた。いわゆる「嫁いびり」である。
母はいつも泣いていた。私をかわいがることもなかった。
かわいがるとまた「ばあちゃん」にいじめられるからだ。
「ばあちゃん」は私を独占することで権威を保っていた。
そして、我が家では「ばあちゃん」には誰も逆らうことができなかった。
父は嫁姑の間に挟まれるのが嫌だったらしく地域の役職だといい夜もほとんどいなかった。
たまに家にいる時はいつも機嫌が悪かった。八つ当たりは姉か母だった。
私に当たると「ばあちゃん」から叱られるから私には何も言わなかった。
わが家で絶対的権力を持っていた「ばあちゃん」は私にいつもこう聞いた。
お母さんと「ばあちゃん」どっちが好きか。私が「ばあちゃん」と答えるとことのほか喜んだ。
だから私は子供のころから空気を読むのが得意になった。
小学校に入学当時、私は身長100㎝だった。通学しているとランドセルが歩いているって
毎日笑われた。苦手な教科は体育。なぜなら人の2倍頑張ってようやく普通のことができたから。
走るスピードも跳び箱も誰でもできる水準が私のMAXだった。
鉄棒は最悪。だったそもそも鉄棒に手が届かない・・・(笑)
だけど勉強するのは楽しかった。だって体が小さくてもハンディがないから。
だから学校の成績は良かった。私の唯一の自慢だった。
授業参観日は私が活躍するところを親に見せる絶好のチャンス。だけど当日観に来てくれたのは「ばあちゃん」だった。
クラスで私だけ「父、母」でなく「ばあちゃん」が来ていたのは。
その時、聞いた。なんでお母さんが来てくれなかったの?答えは決まって「農作業が忙しかったから」
そのころから、絶対農業なんかやらない。そう決心していた。
私も姉も早くこんな家から出たかった。でも逃げられなかった。
絶対に現金を持たせてくれなかったからだ。必要な鉛筆やノートは物品支給。
子供のころからとにかく自由になるお金と空間が欲しかった。
相談する人は周りにはいなかった。外面のいい我が家の人々は世間からは「いい人」だった。
このカオスから逃げ出すには勉強して進学して家を出るほかなかった。
中学の先生も進学を進めてくれた。
進路を決める親と私と担任の三者で話をする三者面談の時、
初めて進学したいと自分の意思を親に伝えた。
学校の先生も進学を進めてくれた。
しかし、母が号泣した。そして先生に「おねがいですから、息子を進学させないで」って懇願した。
おそらく、私が進学して農業の後を継がないことになると「ばあちゃん」からなんて言われるか、
まして息子が後をつがないなんて嫁の立場がないと思ったのだろう。
母は私に「お願いだからもう勉強はしないで欲しい」そう泣きながら頭を下げた。
この異常な状況に担任も「お前は農業をやるべきだ」
そう言い残して去っていった。こうやって私の進路は大人の都合で決められた。
それから何となく普通高校へ行ったが、勉強ははほとんどしなかった。
勉強をしないというより、将来や未来を創造するのを辞めた。
夢を持つことなど許されないことだと悟ったからだ。
しかし、意外にもチャンスが巡ってきた。高校3年の夏、担任の先生から東京の大学へ
推薦するって声がかかったのだ。有名な大学で私が本当に生きたい大学だった。何より
東京へ行くことができれば「あの家」から逃げられる。先生に是非行きたい。ってそう答えた。しかし、
またもやチャンスは潰された。
父が学校まで怒鳴り込んできたのだ。教務課で誰かの親が騒いでいると聞き駆けつけると
私の父だった。学校の先生相手になぜうちの息子を東京になんか行かせるのかと怒鳴っている。
私は父をなだめるのに必死になった。大丈夫、大丈夫、俺は東京になんか行かない。
ちゃんと父さんの後を継いで農業やるから!
普通高校の教務課で全先生がいる前で「農業やります宣言」を言い放った。
こうしてまた自分の人生を自分で曲げた。
当時我が家の農業は絶頂期だった。
儲かって仕方がないバブル景気の恩恵を受けている時期だった。
父もまた自分がやってきた農業に自信満々の頃でその象徴に息子が後を継ぐというのはステイタスでもあった。
ましてや親の言うことを聞いて中卒で家業の後を継いだ
父にしてみれば自分の息子が後を継ぐのは「当たり前」だと思っていた。
その息子をたぶらかし、農業以外の道を進めるやつらは
父にとってすべてが「敵」に見えたいたのかもしれない。
私は行きたい学校を封鎖されたので別に大学には興味がなかった。
ただ、親を安心させるため地元の農大に入学した。おそらく農大史上最高に
「やる気」のない学生だった。講義にはほとんど出ず、出てもいつも寝ていた。
ただ、2年間の寮生活はパラダイスだった。家から逃れられたから。
次回8月17日号ではいよいよ農業を始めてからの親と子の確執の話になります。
誰も心の奥底に持っている感情が爆発します。
その時、山下はどう思い、どういう感情で生きてきたのか。感動のフィナーレが待っています。
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